15〜17年度計画によって建造された駆潜艇。15年度に12隻、16年度に19隻、17年度に3隻の建造がなされている。基本的に兵装や配置は13号艇と同様で、同艇が保身性にやや不良が見られたため艦尾艦底の形状と構造に改正を施したものであった。13号艇との見かけ上の違いは艦尾が垂直になったことで排水量も460tから442tとなっていた。資料によっては13号艇後期型となっているものもある。 |
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昭和16年度計画。昭和19年1月26日、新潟鉄工所新潟工場にて竣工。竣工後、佐世保防備戦隊に編入され2月より第18戦隊の機雷敷設の護衛艦となり奄美大島方面での護衛に従事。同年4月に第4海上護衛隊に編入されたが、そのまま任務を続行。昭和19年6月機動部隊補給隊警戒隊となりタウイタウイ、タラカン方面での船団護衛に従事。昭和19年8月末、佐世保鎮守府付属となり佐世保にて修理。昭和19年10月より佐世保〜沖縄間の船団護衛に従事、同10日に那覇にてアメリカ軍機の攻撃を受け損傷、佐世保と鎮海にて修理。昭和20年1月より佐世保〜奄美大島間の船団護衛に従事していたが同年5月22日奄美大島海域にてアメリカ軍機の攻撃を受け沈没。昭和20年8月10日除籍。 60号艇 昭和17年度計画。昭和19年3月28日、新潟鉄工所新潟工場にて竣工。呉防備戦隊に編入され訓練に従事。昭和19年5月第4南遣艦隊第26特別根拠地隊に編入、船団を護衛しマニラ、ダバオ、ハルマヘラを経てアンボンに進出、以後同方面にて船団護衛に従事。昭和19年10月第3南遣艦隊第31特別根拠地隊に編入され、マニラ方面にて哨戒、船団護衛に従事、同12月14日スビック湾南西にてアメリカ軍機の攻撃を受け損傷。昭和20年2月第1海上護衛隊に編入され台湾〜佐世保間の船団護衛に従事。昭和19年4月より九州北岸にて哨戒、続いて鎮海方面にて哨戒、船団護衛に従事した。終戦を佐世保で迎える。昭和20年10月5日に除籍。同年12月1日特別輸送艦に指定。昭和23年解体。 61号艇 昭和17年度計画。昭和19年5月8日、新潟鉄工所新潟工場にて竣工。呉防備戦隊に編入され佐伯にて訓練に従事。昭和19年6月高雄警備府に編入され高雄〜マニラ間の船団護衛に従事。昭和20年1月9日台湾南部海口泊地にてアメリカ海軍艦載機の攻撃を受け沈没。昭和20年3月10日除籍。 63号艇 昭和17年度計画。昭和19年6月30日、新潟鉄工所新潟工場にて竣工。佐世保防備戦隊に編入され訓練に従事。昭和19年7月より佐世保〜高雄間、8月より高雄〜マニラ間の船団護衛に従事。昭和19年10月第1南遣艦隊第15特別根拠地隊に編入されペナン〜サバン〜アンダマン諸島方面への船団護衛に従事。昭和20年3月26日アンダマン諸島方面への船団護衛中にイギリス海軍駆逐艦ヴィラーゴー[Virago]等の攻撃を受け沈没。昭和20年5月10日除籍。 |
基準排水量:420t |
常備排水量:442t |
全 長:51m |
幅 :6.7m |
吃 水:2.63m |
主 機:艦本式23号8型ディーゼル機関×2(2軸、1700HP) |
乗 員:80名 |
速 力:16ノット |
航続距離 :14ノットで2000浬 |
兵 装:8cm高角砲×1基、13mm連装機銃×1基、25mm単装機銃×3基、 94式爆雷投射機×2基、爆雷装填台×2基、爆雷投下軌条2基、爆雷36個、 93式水中聴音機、3式または93式水中探信儀 |
備 考:兵装は大戦末期の状態 |
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