日本の潜水艦
(Japanese Submarines)

乙型(イ15型)
B Type

[伊38、伊39]
(I 38, I 39)

昭和12年度に6隻、14年度に14隻が計画され建造された潜水艦で、基本的には甲型より旗艦設備を除いた艦である。甲型との違いは旗艦設備を除いたことによる排水量の減少と艦橋構造物が小型になったこと、25@連装機銃が1基になったことくらいであり他は甲型に準じていた(他に速力が少しながら向上、航続距離がいくぶん短い)。一番戦争の激しい時期に完成し投入されただけにその優秀差を発揮しイ19による空母「ワスプ」撃沈、駆逐艦「オブライエン」大破(後沈没)、戦艦「ノースカロライナ」小破、イ26による空母「サラトガ」大破、軽巡洋艦「ジュノー」撃沈、イ29及びイ30による訪独行(帰還途中に沈没)など大きな戦果を挙げている。

伊38
(I 38)

昭和14年度計画。昭和18年1月30日に佐世保工廠にて竣工。昭和18年5月より12月までラバウルを基地としてラエ、コロンガンバラ、シオ、スルミに計24回の輸送作戦に従事。昭和19年4月8日、ウエワクより第9艦隊司令部をホーランジアに輸送。昭和19年5月18日、マーシャル東方海域に出撃、同年6月30日、アメリカ軍のマリアナ来襲によりサイパン島の第6艦隊司令部救出を命ぜられたが失敗した。昭和19年10月19日、呉を出港しフィリピン東方海域に向かい哨戒、同年11月5日にクツルー偵察を命ぜられ、その途中11月7日にアメリカ海軍機動部隊発見を報告、11月12日ヤップ島南方にてアメリカ海軍駆逐艦「ニックホール」(ニコラスとした資料もある)等の爆雷攻撃を受け沈没。昭和20年3月10日除籍。

伊39
(I 39)

写真無し

昭和14年度計画。昭和18年4月22日に佐世保工廠にて竣工。昭和18年8月1日よりオーストラリア方面海域及び南太平洋方面の索敵哨戒と交通破壊作戦に従事し、9月12日に大型曳航船「ナヴァショー」を撃沈、9月27日にトラックに帰投。昭和18年11月21日トラックを出港しタワラ島方面に進出、11月25日敵艦船(不明)を攻撃、11月25日にマキン島西方にてアメリカ海軍駆逐艦「ラドフォード」の攻撃を受け沈没した。昭和19年4月30日除籍。

基準排水量:2198t(水上)/3654t(水中)
常備排水量:2584t
全   長:108.7m
    9.3m
吃   水:5.14m
主   機:艦本式二号十型複動ディーゼル機関×2(2軸、水上12400HP、水中2000HP)
乗   員:94名
速   力:水上23.6ノット/水中8ノット
航続距離 :16ノットで14000浬(水上)/3ノットで96浬(水中)
兵   装:40口径14cm単装砲×1、25mm連装機銃×1
      53cm魚雷発射管×6基(合計魚雷17本) 
備   考:●安全潜航深度は100mに設定。

乙型(伊15)の章、終了。


日本海軍潜水艦が終戦までに撃沈した商船、貨物船等の船は184隻907万トン。その内、乙型の戦果はトン換算でその内42%だったと言われている。また伊27の戦果は84万トン(日本潜水艦ではベストスコア)でアメリカ海軍トップの「フラッシャー」の戦果(100万トン)と遜色ありませんでした。

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