日本の潜水艦
(Japanese Submarines)

乙型改2(伊54型)
Modified B Type 2

[伊54、伊56、伊58]
(I 54, I 56, I 58)

昭和16年度計画の乙型。乙改1よりも起工が遅くなったため甲型の伊12と同様に簡易化されエンジンを艦本式22号10型(過給器付き)に変更、また電動機も600HP×2と従来の半分とされた(課電能力維持のため他に補助発電機2基を装備)、これにより速度が水上17.7kt、水中6.5ktに低下した。ただし航続距離は増加している。内殻板はDS鋼を取り止めMS材とし強度確保の点から厚みを1割増強していた。

伊54
(I 54)

昭和16年度計画。昭和19年3月31日に横須賀工廠にて竣工し横須賀鎮守府に編入(艦長の大橋勝夫中佐着任)。昭和19年7月6日、横須賀を出港しテニアンへ運砲筒輸送を行ったが失敗、同年同月10日、第6艦隊第15潜水隊に編入、24日に横須賀帰投。昭和19年8月18日、異動により艦長中山伝七少佐着任。昭和19年10月15日にフィリピン東方海域へ呉を出港したが10月28日にスルアン島東方にてアメリカ海軍駆逐艦「グリッドレイ」の爆雷攻撃を受け沈没した。昭和20年3月10日除籍。

伊56
(I 56)

昭和16年度計画。昭和19年6月8日に横須賀工廠にて竣工し横須賀鎮守府に編入、艦長の森永正彦中佐着任。昭和19年9月20日、第6艦隊第15潜水隊に編入され同年10月15日、フィリピン東方海域へ呉を出港、24日に同方面にてLST撃沈、25日にアメリカ海軍護衛空母「サンティ」を雷撃し損傷を与え11月4日に呉に帰投した。その後、回天搭載工事に着手、昭和19年12月21日、回天金剛隊としてアドミラルティ攻撃に向かったが実施せず昭和20年2月3日に呉帰投。昭和20年3月31日、回天多々良隊として沖縄方面海域へ向かったが4月6日に久米島沖にてアメリカ海軍駆逐艦「ハドソン」の爆雷攻撃を受け沈没した。昭和20年6月10日除籍。

伊58
(I 58)

昭和16年度計画。昭和19年9月7日に横須賀工廠にて竣工し横須賀鎮守府に編入、艦長の橋本以行少佐着任。昭和19年12月4日に第6艦隊第15潜水隊に編入。昭和19年12月31日に回天金剛隊としてグアム方面海域に出港し4基発進。昭和20年1月22日呉帰投。昭和20年3月1日、回天神武隊として呉を出港、17日帰投。昭和20年3月31日、回天多々良隊として沖縄海域に向け呉を出港したが敵影を発見できず4月30日帰投した。昭和20年7月18日回天多聞隊として東カロリン方面へ出撃、同28日に回天2基発進、7月30日にパラオ北方250カイリにてアメリカ海軍重巡洋艦「インディアナポリス」を発見し雷撃により撃沈、昭和20年8月10日にフィリピン東方にて回天2基を発進、同14日に呉へ帰投しそのまま終戦を迎えた。昭和20年11月30日除籍。昭和21年4月1日五島沖にて海没処分された。

基準排水量:2140t(水上)/3688t(水中)
常備排水量:2607t
全   長:108.7m
    9.3m
吃   水:5.19m
主   機:艦本式22号10型複動ディーゼル機関×2(2軸、水上4700HP、水中1200HP)
乗   員:94名
速   力:水上17.7ノット/水中6.5ノット
航続距離 :16ノットで21000浬(水上)/3ノットで105浬(水中)
兵   装:40口径14cm単装砲×1、25mm連装機銃×1
      53cm魚雷発射管×6基(合計魚雷19本) 
備   考:●安全潜航深度は100mに設定。

伊54型の章、終了


日本海軍潜水艦が終戦までに撃沈した商船、貨物船等の船は184隻907万トン。その内、乙型の戦果はトン換算でその内42%だったと言われている。また伊27の戦果は84万トン(日本潜水艦ではベストスコア)でアメリカ海軍トップの「フラッシャー」の戦果(100万トン)と遜色ありませんでした。


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