日本の潜水艦
(Japanese Submarines)

小型(呂100型) 3
Syo Type

[呂106、呂107、呂108]
(Ro106、Ro107、Ro108)

前記の呂35型と同じく昭和14〜16年の戦時計画で9隻が計画され建造、昭和17〜18年の計画で9隻が建造されたもので合計18隻が生産された。基本計画番号はS45と言い、太平洋の離島防御の為に設計された局地防御用の潜水艦であった。小型ながら凌波性は改善されておりエンジンは艦本式24号6型ディーゼルエンジン、電池は1号15型120個。小型で居住性も悪かったが、潜水艦の不足から本来の局地任務から外洋での哨戒線に配備され、昭和20年2月までに全艦を喪失した。

呂106
(Ro106)

写真無し

昭和14年度計画。川崎重工にて昭和17年12月26日竣工、佐世保鎮守府籍に編入。昭和18年3月15日に第8艦隊第7潜水戦隊に編入。昭和18年3月31日にラバウルへ向け佐世保を出港、同地に4月12日到着。ラバウルを基地として昭和18年4月22日〜6月16日までガダルカナル島東方海域を哨戒。昭和18年6月30日にレンドバ方面へ哨戒活動、同海域にてアメリカ軍LST342を雷撃し撃沈した。昭和18年7月31日にラバウルを出港、同8月20日帰港。昭和18年9月1日ラバウルを出港しサンクリストバル方面で哨戒活動、同9月24日帰港。昭和18年10月27日にラバウルを出港し11月8日に佐世保に到着、整備修理後の同12月17日に佐世保を出港し再びラバウルに戻った。昭和19年2月12日にスルミ輸送作戦、同2月19日にトラック方面へアメリカ海軍機動部隊迎撃作戦に参加。昭和19年3月4日、ブラウンを潜航偵察。昭和19年3月8日にトラックへ入港、修理補給後の5月16日、トラックを出港しアドミラルティ北方にて哨戒を行っていたが同5月26日にアメリカ海軍駆逐艦「イングランド」の攻撃を受け沈没。昭和19年8月10日除籍。

呂107
(Ro107)

写真無し

昭和14年度計画。昭和17年12月26日、呉工廠にて竣工、佐世保鎮守府籍に編入。昭和18年3月15日に第8艦隊第7潜水戦隊に編入。昭和18年3月15日、ラバウルに向け佐世保を出港、同4月12日到着。昭和18年4月22日〜6月20日までラバウルを基地としてガダルカナル島東方海域にて哨戒活動を2回実施。昭和18年6月30日にラバウルを出港しレンドバ島方面へ向かったが同海域にてアメリカ海軍駆逐艦「テーラー」の攻撃を受け沈没。昭和18年9月1日除籍。

呂108
(Ro108)

写真無し

昭和14年度計画。昭和18年4月20日、川崎重工にて竣工、佐世保鎮守府籍に編入。昭和18年8月1日に南東方面艦隊第7潜水戦隊に編入。昭和18年8月11日にラバウルへ向け呉を出港。昭和18年9月26日にラバウルを出港、同10月3日にニューギニアのフイシュ付近にてアメリカ海軍駆逐艦「ヘンリー」を雷撃により撃沈。昭和18年10月23日よりラバウルよりスルミ輸送に3回従事。昭和18年12月20日にラバウルを出港し昭和19年1月1日に佐世保に入港、整備修理後の同3月5日に佐世保を出港し同3月16日トラック入港。昭和19年4月20日〜5月3日にトラックを出港しアドミラルティ北方海域で哨戒。昭和19年5月15日にトラックを出港、再度アドミラルティ北方海域で哨戒していたが5月26日にアメリカ海軍駆逐艦「イングランド」の攻撃を受け同海域にて沈没。昭和19年8月10日除籍。

基準排水量 525t(水上)/782t(水中)

常備排水量 601t

全長×全幅 60.9m×6m

吃     水 3.51m

主     機 艦本式24号6型ディーゼルエンジン×2
(2軸、水上1000HP、水中760HP)

乗     員 38名

速     力 14.2ノット(水上)/8ノット(水中)

航 続 距 離 12ノットで3500浬(水上)/3ノットで60浬(水中)

兵     装 25mm連装機銃×1基
53cm魚雷発射管×4基(合計魚雷8本) 

備     考 燃料搭載量50t


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